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​仏典の蓮華Ⅱ

《花色ごとの詳細》

 

【黄蓮華】

仏典では「拘物頭華  くもつずけ」と音写。梵語Ku-mudaは「地の喜び」と訳せます。

黄色い花の蓮はアジアには無いとされてきたので、このクムダは睡蓮です。その第二の根拠は、黄蓮華クムダは「月の恋人」と呼ばれ、「夜咲き」とされている事。蓮に夜咲きは有りません。睡蓮だとしても、その品種の候補は複数有って、まだ結論が出ない様です。

蓮(ネルンボ)としての黄花は、アメリカでキバナハスの自生が知られています。中国の古文献には黄色い蓮らしき記録が散見しますが、その信憑性は未確認。

「黄蓮花」なる、濃い黄色の蓮は中国に有ります。キバナハスと、キバナハスの血をひく交配品種には「屈光性」が有ります。

 

【金蓮華 きんれんげ】

大乗仏教の経典に散見する蓮。ヒマラヤの聖地に咲くと謂われますが、蓮でない別植物の可能性も有ります。

Kanaka-Kamala(金蓮華)・Hema-Padma(金色蓮華)・Hem-ambuja(金色蓮華)ほか多くの異称が有ります。

カマラとパドマは睡蓮や蓮の意味。アムブジャ(ambu-ja)やアブジャ(abja)は「水から生まれた」の意味で、睡蓮・蓮を差します。似た言葉にジャラジャ(Jala-ja)も有りましたが、これは水生のものを広く含み、《蓮・睡蓮・貝・真珠・海産物》を意味しました。何れにせよ浄土や如来を飾る特別な蓮と思われます。中国に「金蓮歩」の故事が有りますが、美女の優雅な動きを極端に美化したものです。

 

園芸ブームで日本でも買える様になっている珍しい植物の中に「地湧金蓮」が有ります。

名前に蓮の字が有っても蓮ではありません。見た目が開いた蓮の花に似ているからです。

【紅蓮華 ぐれんげ】

仏典では赤睡蓮と紅蓮、どちらも紅蓮華と呼びます。梵語Padmaを「波頭摩華 はどまけ」等と音写します。

如意輪観音(にょいりん かんのん)のマントラ(真言)は  “ オン・ハンドマ・シンダマニ・ジンバ・ラ・ソワカ(オム・パドマ・チンターマニ・ジンバラ・スヴァーハー)” とされ、ハンドマはパドマ(紅蓮華)、シンダマニはチンターマニ(如意宝珠)の事です。 観世音菩薩にはヴァリエーションが多く、真言もそれぞれ違います。

《観音六字・六字真言》六字大明咒(ろくじ だいみょうじゅ)とも呼ばれる災難除けのマントラは “オン・マニ・パドメ・フーン” で、観世音菩薩に災難除けの加護を願う時に唱えると良いと謂われました。パドマ(Padma)とチンターマニ(Cinta-mani)の組み合わせは「蓮華の中の宝珠」「蓮の中の宝石」と訳すか、「宝の蓮華を持つ」と訳すか解釈が分かれています。

普通の宝石や宝物はラトナ(Ratna)と訳される例が多いので、やはりマニは特別。パドマは本来紅蓮だけを意味しませんが、漢訳仏典で波頭摩華 はどまけ=紅蓮として紹介されて有名になりました。

 

紅剛玉のルビーは、梵語ではマーニキャ(Manikya)或いはパドマ・ラーガ(Padma-raga)と呼び、紅蓮華宝石と漢訳できます。女性形パドマーになると「美女」の意味を持ちます。

赤い睡蓮と紅蓮は、ヒンズー教の女神シュリー(ラクシュミー)と、その夫ヴィシュヌの花です。ヴイシュヌは物質界の維持・水・太陽・知性を司る美青年の神です。巨竜アナンタの背に

乗り、法螺貝を持ち、紅蓮の咲き匂う水面に居る姿で描かれる事が多いです。

【紅蓮地獄・大紅蓮地獄】

地獄界には超低温の八寒地獄があると想像され、その中に紅蓮地獄・大紅蓮地獄が有ります。

凍傷で亡者の身体が破壊され、傷口が紅蓮の花弁に似て見えるためこう呼ばれました。

日本の古典に”紅蓮、大紅蓮”という表現が出てくれば、八寒地獄を意味する場合が有ります。

 

【黒蓮華】

『宗鏡録 第二十八巻』に見える黒い蓮。梵語で「青」を意味する語に《Nila=青い・青黒い》が有り、青黒いを黒いと訳したのだと思います。インドの叙事詩『ラーマーヤナ』には「インディーヴァラ・シュヤーマン…」“indivara-syamam----(青睡蓮の如き暗い色の●●)”という形容が何箇所か出てきます。青い睡蓮も花色の濃さや品種によって、暗い色に視えていたのでしょう。宗鏡録の紙面でも、「黒蓮」は「五種蓮華」に数えられているので、ダークブルーの熱帯睡蓮と同じものです。

【紺青蓮華・青紺蓮華】

『圓鑑國師語録』等に記載が有る蓮の一種で、青蓮華よりも濃い青さが強調されています。

 

【雑蓮華】

少数見つかる記述で、花の色を特定しないだけなのか、斑や爪紅なのか判らない蓮です。

但し、浄土の池に雑蓮華、青蓮華等が咲き…といった表現も有るので、色々な種類の蓮が混在しているよという解釈もできます。『賢愚経』では八種蓮華のひとつとして挙げているので、斑や爪紅の様な蓮の事かも知れません。

【紫蓮華 しれんげ】

仏典でも記述が少ない蓮華。熱帯性睡蓮ならば本当に紫の花は有ります。『譬喩因縁集』には

こんな話が載っています。昔、法師が鸚鵡を飼っていました。この鸚鵡は頭が良く、聞き覚えたお経を唱える事が出来ました。鸚鵡が他界すると法師は丁重に葬ります。どうしたことか、鸚鵡の墓からすぅーーと1本の紫蓮華が咲き出ます。法師が土を掘り起こしてみると、鸚鵡の亡骸の舌から紫の蓮華が生えていたのです。鸚鵡が生前、覚えた経を唱えていたゆえだろうという説話です。

 

仏教が中国の自然観「五行説」と習合すると、紫と黒は北方を表す色彩とされました。

これに合わせ、北方に配置される如来や菩薩が手にする花や、蓮華座の色も紫の「紫蓮華」として配置される例が有ります《但し宗派により解釈の違いが有り》恒常的ではありません。

 

紅蓮の蕾の一部が紫を帯びていたり、枯れ始めた紅蓮の花弁が淡い灰紫になるのを私は実際に観察していますが、昔の人は紅蓮の紫を帯びた蕾を観て、紫蓮華というものを想像したのでしょうか?。

熱帯性睡蓮に紫や青の花が実在すると伝え聞いて、「紫蓮華」を創作したのでしょうか。

私個人としては、「神秘・特別・高貴な対象として教義上の紫蓮華が創られた」と判断します。

 

【青蓮華 しょうれんげ】

日本語の「アオ」には蒼・青・碧の漢字を使います。仏典に多数記述されたアオい蓮華は「青」という漢字で表記します。碧の字には緑色の意味も有るので、ブルーの意味が強い青を使ったのでしょう。

青蓮華には異称が多数有ります。一番有名なのは「優鉢羅華 うばらけ」で、梵語Utpala(宝石の意味)・パーリ語Uppalaを音写したもの。ウトパラ(Utpala)は本来、睡蓮の総称だったと謂われます。

赤睡蓮をRakto-tpala、青睡蓮をNilo-tpala等と呼びました。ニーロトパラ(Nilo-tpala)の方が「青蓮華」として有名になりました。

ウトパラの語は、宝石のオパールの語源とする説が有り、

八大竜王のなかの「優鉢羅竜王/うはつらりゅうおう」の名前も、青蓮華竜王または、宝石竜王と訳せます。青蓮華ニーロトパラ(Nilo-tpala)は、青剛玉サファイヤ(Sapphire)の別名のひとつでも有りました。仏教世界では《仏・菩薩・天人・美男美女の涼しい目元》を「青蓮華」に例えます。

【須乾提華・末須乾提華 サウガンディカ】

梵語のSau-gandhika で、《芳香・香りが良い》と漢訳されました。睡蓮とする説が有力です。

末須乾提華は、須乾提華と並んで列記される花の名で、どちらもサウガンディカと同じか、近い品種だと思われます。誤訳の可能性も有ります。

【青蓮 せいれん】

青い蓮と書いて「せいれん」とも呼びます。青蓮華のウトパラやニーロトパラは睡蓮ですが、

せいれんと呼ぶ時は蓮です。「清廉潔白」の「清廉」の音に蓮の高潔さを重ねているそうです。

せいれん(青蓮)としてのアオハスは、蕾と外花弁がうっすらと緑色を帯びて、清々しい白蓮

です。寺院の事を「青蓮舎 せいれんしゃ」とも呼びました。

【黛蓮/黛蓮華 たいれんげ】

黛(まゆずみ)の様な色の蓮華で仏典に少数出てきます。仏教では仏や菩薩や天女の眼を青蓮華の花に例えますが、黛の色ならば黒かダークブルーを指すと思われます。熱帯性の青睡蓮ならこれに当てはまります。

【尼羅烏鉢羅華 にらうばらけ】

ニーロトパラ(Nilo-tpala)の音写です。

【八色蓮華・八種蓮華】

「仏典の蓮華Ⅰ」を参照。経典により《青・黄・赤・白・紅・紫・縹・緑》だったり、

《青・黄・赤・白・紅・紫・緑・雑》だったりします。名数8に合わせて8種にまとめたと解釈できます。

【白蓮華 びゃくれんげ】

雪の様にまばゆい純白と、花の中心が黄味を帯びたものとが有ります。

白蓮も品種によっては蕾の一部がピンク色を帯びたり、花弁先端に僅かな紅色が乗ります。

蕾・ガク・花弁の一部が緑色を帯びてアオく観えるため「アオハス」「○○碧蓮」

等と呼ばれました。紅蓮でも「青」「碧」の字が付く品種は相当数有ります。

梵語の白蓮はプンダリーカで、漢訳仏典で「芬陀利華 ふんだりけ」と音写、インドでは白い蓮が最も格が高いとされた様です。プンダリーカは、白い睡蓮とする説が有ります。

プンダリーカは「妙好」とも紹介され、この花を観た者は悪業から離れると説かれました。

白蓮華の別名にシャタ・パーターラ(Sata patra)が知られ、百葉華(ひゃくようか)と訳せます。花弁100枚とは八重咲きなのでしょう。これは睡蓮かもしれません。

 

【縹蓮華 ひょうれんげ】

縹(はなだ)色はダークブルー~暗い水色までを指す色で蓮には無い色です。

『妙法蓮華経 馬明菩薩品・第三十巻』で、8色の蓮華のひとつとして挙げています。

蓮華の8色は《青・黄・赤・白・紅・紫・縹・緑》。ダークブルーから暗い水色を含める縹蓮華は、熱帯性睡蓮だろうと思います。

 

【緑蓮華・碧蓮華 りょくれんげ・へきれんげ】

仏典『仏祖統記』『浄土往生伝』『妙法蓮華経 馬明菩薩品・第三十巻』等に記述する蓮の色です。白蓮は蕾が緑色、開花しても緑色を帯びた品種が多いので、それをモデルにしたのでしょうか?。

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